大日如来像 総高95cm 米桧 玉眼



   

    

 


見返り阿弥陀像 総高80cm 米桧



    


釈迦如来坐像 薬師如来坐像 総高125cm 米桧 玉眼



    

    


阿弥陀如来坐像坐像 総高231cm 米桧



 

  


丈六釈迦三尊像 米桧 玉眼

丈六釈迦三尊像

丈六釈迦三尊仏  丈六釈迦三尊仏  丈六釈迦三尊仏

丈六釈迦三尊仏  丈六釈迦三尊仏


釈迦如来坐像 (裳懸け) 総高105cm 米桧 玉眼

釈迦如来坐像

釈迦如来坐像  釈迦如来坐像  釈迦如来坐像

釈迦如来坐像  釈迦如来坐像  釈迦如来坐像


一光三尊阿弥陀如来像

仏像彫刻原田謹刻 一光三尊阿弥陀如来像 【善光寺式阿弥陀三尊】 阿弥陀如来を中尊に,その左右に観音、勢至の二菩薩を脇侍とする。三尊全体の背後を大きな一枚の舟形光背がおおっている。これにより「一光三尊」という。この一光三尊形式の源流は中国北魏時代の仏像に求められる。三尊足下の蓮台は臼形蓮台とよばれ,蓮肉部の高い垂敷蓮華である。光背は大きな舟形光背で,光中に七化仏がある。 ◆お施主様からのご要望で、総高45㎝のお姿を謹刻納入させていただきました。桧の白木素地に、金線が施してございます。

仏像彫刻原田謹刻 一光三尊阿弥陀如来像
【善光寺式阿弥陀三尊】
阿弥陀如来を中尊に,その左右に観音、勢至の二菩薩を脇侍とする。三尊全体の背後を大きな一枚の舟形光背がおおっている。これにより「一光三尊」という。この一光三尊形式の源流は中国北魏時代の仏像に求められる。三尊足下の蓮台は臼形蓮台とよばれ,蓮肉部の高い垂敷蓮華である。光背は大きな舟形光背で,光中に七化仏がある。
◆お施主様からのご要望で、総高45㎝のお姿を謹刻納入させていただきました。桧の白木素地に、金線が施してございます。



一光三尊阿弥陀如来像  一光三尊阿弥陀如来像  一光三尊阿弥陀如来像


未年守り本尊 大日如来

仏像彫刻原田謹刻 ひつじ年守り本尊 大日如来像(だいにちにょらいぞう) 【大日如来】 大日とは「偉大な輝くもの」を意味し、元は太陽の光照のことでしたが、のちに宇宙の根本の仏の呼称となりました。真言密教の教主であり、諸仏・諸菩薩の根元をなす理智体で,宇宙の実相を仏格化した根本仏とされます。常に「生きる力」を授け、精一杯生きる私たちを見守り続けていてくださいます。

仏像彫刻原田謹刻
ひつじ年守り本尊 大日如来像(だいにちにょらいぞう)
【大日如来】
大日とは「偉大な輝くもの」を意味し、元は太陽の光照のことでしたが、のちに宇宙の根本の仏の呼称となりました。真言密教の教主であり、諸仏・諸菩薩の根元をなす理智体で,宇宙の実相を仏格化した根本仏とされます。常に「生きる力」を授け、精一杯生きる私たちを見守り続けていてくださいます。


薬師瑠璃光如来

仏像彫刻原田謹刻  薬師瑠璃光如来坐像(やくしるりこうにょらいざぞう) 【薬師瑠璃光如来】 東方浄瑠璃世界の教主。 人々を病の苦しみから救い、寿命を延ばし、貧困を除く。 薬師様は、まだ菩薩として修行しておられた時に衆生を救済する十二の大願を立てられ、それを成就されて如来になられました。薬師様には、病からの救済のほか、古くは罪を懺悔(さんげ)する修法の本尊として、また、天変地異や政変などの社会不安からの救済という大きな願いが託されてきました。左手には万病に効く薬が入った薬壺(やっこ)を持たれています。「薬師」とは、外科が存在しなかった中世以前には、現代の医師に対応する言葉であったそうです。

仏像彫刻原田謹刻 
薬師瑠璃光如来坐像(やくしるりこうにょらいざぞう)
【薬師瑠璃光如来】
東方浄瑠璃世界の教主。
人々を病の苦しみから救い、寿命を延ばし、貧困を除く。
薬師様は、まだ菩薩として修行しておられた時に衆生を救済する十二の大願を立てられ、それを成就されて如来になられました。薬師様には、病からの救済のほか、古くは罪を懺悔(さんげ)する修法の本尊として、また、天変地異や政変などの社会不安からの救済という大きな願いが託されてきました。左手には万病に効く薬が入った薬壺(やっこ)を持たれています。「薬師」とは、外科が存在しなかった中世以前には、現代の医師に対応する言葉であったそうです。


釈迦如来坐像 施無畏与願印 玉眼 総高80cm

釈迦如来坐像

釈迦如来坐像 施無畏与願印 玉眼 総高80cm



釈迦如来坐像  釈迦如来坐像


釈迦説法像

仏像彫刻原田謹刻 釈迦説法像 お釈迦さまが説法をされているお姿です。 頭髪と衣はガンダーラ仏の様式を取り入れてあります。 以下、初転法輪(しょてんほうりん)に関しての記述です。 初転法輪(しょてんぽうりん)とは、お釈迦様が初めて仏教の教義(法輪)を人びとに説いた出来事を指します。 具体的には、お釈迦様が菩提樹下で悟りを開いた後、鹿野苑で元の5人の修行仲間に初めて仏教の教義を説いた出来事を指します。お釈迦様は当初、仏法の説明は甚だ難しく、衆生に教えを説いても理解されず徒労に終わるだろうと、教えを説くことをためらったとされます。

仏像彫刻原田謹刻 釈迦説法像
お釈迦さまが説法をされているお姿です。頭髪と衣はガンダーラ仏の様式を取り入れてあります。以下、初転法輪(しょてんほうりん)に関しての記述です。
初転法輪(しょてんぽうりん)とは、お釈迦様が初めて仏教の教義(法輪)を人びとに説いた出来事を指します。具体的には、お釈迦様が菩提樹下で悟りを開いた後、鹿野苑で元の5人の修行仲間に初めて仏教の教義を説いた出来事を指します。お釈迦様は当初、仏法の説明は甚だ難しく、衆生に教えを説いても理解されず徒労に終わるだろうと、教えを説くことをためらったとされます。


薬師如来

仏像彫刻原田謹刻 薬師如来坐像 東方浄瑠璃世界の教主。衆生(しゆじよう)の病気を治し,安楽を得させる仏。仏教の伝来以後,治病の仏として広く信仰されている。薬壺を持つ像が多い。日光・月光(がつこう)の両菩薩を脇侍とし,十二神将を眷属(けんぞく)とする。薬師瑠璃光如来、薬師仏、大医王仏とも呼ばれる。

仏像彫刻原田謹刻 薬師如来坐像
東方浄瑠璃世界の教主。衆生(しゆじよう)の病気を治し,安楽を得させる仏。仏教の伝来以後,治病の仏として広く信仰されている。薬壺を持つ像が多い。日光・月光(がつこう)の両菩薩を脇侍とし,十二神将を眷属(けんぞく)とする。薬師瑠璃光如来、薬師仏、大医王仏とも呼ばれる。


十三仏の内、三回忌 阿弥陀如来像

十三仏(じゅうさんぶつ)は、十王をもとに日本で考えられた、冥界の審理に関わる十三の仏である。また十三回の追善供養(初七日~三十三回忌)をそれぞれ司る仏様としても知られ、主に掛軸にした絵を、法要をはじめあらゆる仏事に飾る風習が伝えられる。十三の仏とは、閻魔王を初めとする冥途の裁判官である十王と、その後の審理(七回忌・十三回忌・三十三回忌)を司る裁判官の本地とされる仏である。

十三仏(じゅうさんぶつ)は、十王をもとに日本で考えられた、冥界の審理に関わる十三の仏である。また十三回の追善供養(初七日~三十三回忌)をそれぞれ司る仏様としても知られ、主に掛軸にした絵を、法要をはじめあらゆる仏事に飾る風習が伝えられる。十三の仏とは、閻魔王を初めとする冥途の裁判官である十王と、その後の審理(七回忌・十三回忌・三十三回忌)を司る裁判官の本地とされる仏である。


大日如来

大日如来像 未年申年生まれの守り本尊 宇宙の実相を体現する根本仏。日本には平安時代前期,空海による密教導入にともない伝来。大日経と金剛頂経の説く二つの種類があり,如来でありながら菩薩の形をとる。高野山金剛峰寺(こんごうぶじ)の像が有名。多宝塔,五輪塔もその象徴とされる。

仏像彫刻原田謹刻 大日如来像 未年申年生まれの守り本尊
宇宙の実相を体現する根本仏。日本には平安時代前期,空海による密教導入にともない伝来。大日経と金剛頂経の説く二つの種類があり,如来でありながら菩薩の形をとる。高野山金剛峰寺(こんごうぶじ)の像が有名。多宝塔,五輪塔もその象徴とされる。


釈迦如来坐像 施無畏与願印

釈迦如来坐像   harada201407080013   harada201407080014


釈迦如来坐像 米桧 総高100cm 玉眼

釈迦如来坐像
釈迦如来坐像  harada201407080005  釈迦如来坐像

釈迦如来坐像  釈迦如来坐像  釈迦如来坐像


釈迦如来 多宝如来 四菩薩像

釈迦如来 多宝如来 四菩薩像  釈迦如来 多宝如来 四菩薩像  釈迦如来 多宝如来 四菩薩像

釈迦如来 多宝如来 四菩薩像  釈迦如来 多宝如来 四菩薩像  釈迦如来 多宝如来 四菩薩像

釈迦如来 多宝如来 四菩薩像  釈迦如来 多宝如来 四菩薩像


阿弥陀如来坐像 米桧 総高100cm

阿弥陀如来坐像 米桧 総高100cm



  


釈迦如来坐像 米桧 総高110cm 玉眼

釈迦如来坐像 米桧 総高110cm 玉眼



  


釈迦如来坐像 米桧 総高130cm

釈迦如来坐像 米桧 総高130cm



  


釈迦如来坐像 米桧 総高100cm 玉眼

釈迦如来坐像 米桧 総高100cm 玉眼



  


釈迦如来坐像 米桧 総高150cm

釈迦如来坐像 米桧 総高150cm



  


釈迦如来立像 米桧 総高110cm 玉眼

釈迦如来立像 米桧 総高110cm 玉眼



  


阿弥陀如来坐像 米桧 総高4.8m 総金箔 復元

阿弥陀如来坐像 米桧 総高4.8m 総金箔 復元



  


多宝如来坐像 米桧 総高77cm 玉眼

多宝如来坐像 米桧 総高77cm 玉眼



  


見返り阿弥陀如来像 米桧 総高100cm

仏像彫刻原田謹刻 見返り阿弥陀像(みかえりあみだぞう) 【見返り阿弥陀】 京都市左京区にある通称永観堂(えいかんどう)の名で知られる禅林寺の本尊阿弥陀如来立像は、顔を左に曲げた特異な姿の像である。この像については次のような伝承がある。永保2年(1082年)、当時50歳の永観(ようかん)が日課の念仏を唱えつつ、阿弥陀如来の周囲を行道していたところ、阿弥陀如来が須弥壇から下り、永観と一緒に行道を始めた。驚いた永観が歩みを止めると、阿弥陀如来は振り返って一言、「永観遅し」と言ったという。本寺の阿弥陀如来像はそれ以来首の向きが元に戻らず、そのままの姿で安置されているのだという。 ◆上記の伝承に基づき、御寺院様の御用命で謹刻させて頂きました。

仏像彫刻原田謹刻 見返り阿弥陀像(みかえりあみだぞう)
【見返り阿弥陀】
京都市左京区にある通称永観堂(えいかんどう)の名で知られる禅林寺の本尊阿弥陀如来立像は、顔を左に曲げた特異な姿の像である。この像については次のような伝承がある。永保2年(1082年)、当時50歳の永観(ようかん)が日課の念仏を唱えつつ、阿弥陀如来の周囲を行道していたところ、阿弥陀如来が須弥壇から下り、永観と一緒に行道を始めた。驚いた永観が歩みを止めると、阿弥陀如来は振り返って一言、「永観遅し」と言ったという。本寺の阿弥陀如来像はそれ以来首の向きが元に戻らず、そのままの姿で安置されているのだという。
◆上記の伝承に基づき、御寺院様の御用命で謹刻させて頂きました。



見返り阿弥陀如来像  見返り阿弥陀如来像


丈六釈迦如来坐像 米桧 総高4.8m 玉眼

丈六釈迦如来坐像 米桧 総高4.8m 玉眼



  


如来三尊 米桧 総高130cm 玉眼

如来三尊 米桧 総高130cm 玉眼



  

    


丈六釈迦如来坐像 米桧 総高5m 玉眼

丈六釈迦如来坐像 米桧 総高5m 玉眼



  


毘盧遮那仏坐像 米桧 総高165cm

毘盧遮那仏坐像 米桧 総高165cm




釈迦苦行像 米桧 総高90cm 玉眼

釈迦苦行像 米桧 総高90cm 玉眼



  


釈迦出山像 米桧 総高120cm

釈迦出山像 米桧 総高120cm



  


薬師如来坐像 米桧 総高48cm 光背化仏入

薬師如来坐像 米桧 総高48cm 光背化仏入



  


釈迦初転法輪像 米桧 90cm

釈迦初転法輪像 米桧 90cm



  


釈迦如来坐像 米桧 総高145cm 玉眼

釈迦如来坐像

釈迦如来坐像 米桧 総高145cm 玉眼



釈迦如来坐像  釈迦如来坐像



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